空飛ぶソイ・ソーセージの全て

日々の記録をぐずぐずにしたうえで一本、腸詰に仕上げたソイ・ソーセージが空を飛ぶわけがない、中身なんてないから。

リンゴをかじる話

 ンゴを丸ごとかじる食べ方に憧れている、それもつやっつやで大振りのやつを、ブリュ

ーゲルの絵ン中で踊る農夫が着ている白いたっぷりした服の袖で磨いたり拭ったりなんかしち

ゃって皮もろとも、洗わないままかぶりつきたい、がぶり寄りたいステップ踏んで、目の覚め

る酸味に頭を振りたい。そんなわけで、ものは試しと八百屋に行ってリンゴを買う。いやしか

し今日びリンゴなんてそれこそ、スーパーだろうがコンビニだろうが、どこにでも売ってるで

しょって、そうおっしゃられるかもしれませんが、そして現にどこにでも売っているんだから

しょうがないんですが、でもね、言わせていただければ、そんなとこでリンゴ買っているよう

な奴ァ、負けですよ、リンゴ的に。何故ってどうせリンゴ、食べるんなら、店先の樽とか木箱

とかに山と積まれたてっぺんからさっと取って「おばちゃん、これ一つもらうよ」っつって、

銀貨を親指の爪で弾きたいじゃない。ジャケットの裾をひるがえしてさ、レンガの敷かれた市

場の道を、左右見回してはかじり見回し、そうして何の当てもなく歩き抜けたいじゃない。そ

うでしょ、そうでもしなきゃリンゴのうまみが当者比で約五割は減でしょ、リンゴの半分は夢

でできているでしょ、だからその夢ごと丸かじりしたいわけさ。分かります?それに対して何

、コンビニとかスーパーとか、リンゴ一個買うのだって、これは一苦労なわけですよ。まず入

店、すると「うらッしゃィわせェ」とのふぬけた挨拶、あんたらこっちの目ェも見ねえで誰を

迎えてんだよ、それともあれか、蚊か。蚊か蠅か何かをウェルカムしてんのか、俺はじゃあ虫

以下か畜生、とんだご挨拶だよ畜生。と、まあこの時点で既に、新鮮な果実を食べてリフレッ

シュしよう、なんてそれ自体もうフレッシュな発想も興も、大分削がれげんなりしながら青果

コーナーに向かうと凄い、リンゴが選り取り見取り大量に並べてありどれも一個百円、安いよ

安いよ、とやかましい、②と書かれた紙を留めるセロハンテープのめくれた箇所には埃がびっ

しりへばりついている、使い古したラジカセから繰り返し、繰り返し流れる売り口上によると

、これらくだものがお買い得なのは午後五時までだと言うので腕時計を見るも無い、家に忘れ

た、ために見えるのはただ手の甲に生えた産毛ばかりで、生まれたばかりのこれらの産毛に時

間というこの世のしきたりを尋ねたところで埒が明かないのは不忍池の鯉に柴漬けの漬け方を

訊くようなもので、お門違いも甚だしい。そこで近くでごそごそやってる、黒縁眼鏡にシャツ

の襟がかたっぽ内側に丸まったバイト君に、今は何時かと尋ねれば、そいつはエプロンで手を

拭い携帯を出すと、「あっとォ、もう五時五分前っすねェ」と口角を上げる。煽る煽る、セ

ールを煽る、勤労精神をにじみ出す真面目なメガネをうっとおしく思いつつ、こんなにきび面

のノッポでさえ、労働に励む平日夕方は定時の前に、俺は腕時計も忘れて、カリフォルニア大

学のパーカーに、ナポリタンの染み付きのチノパンで決めて、こんなさびれたスーパーで、一

体何をしとるのか、リンゴなんぞ食っとる場合かと、頬を真っ赤に染めるくらいの羞恥心から

いてもたってもいられなくなり、弾かれたように店を飛び出し、結局リンゴは買えず終い、な

んてことになりかねない。だからこそ、やはりリンゴは八百屋で買うに限るのである。