空飛ぶソイ・ソーセージの全て

日々の記録をぐずぐずにしたうえで一本、腸詰に仕上げたソイ・ソーセージが空を飛ぶわけがない、中身なんてないから。

雑な筆跡の話(1) 糸みみず文字

 から書かないとなかなかものを覚えられなくて困ってしまいます。だから結構、メモなりノートなりに色々と書き付けることが多いわけです。しかしここに残念なことが一つあって、何かといえば字が汚い。特に空中で、手の平一枚を下敷きにして書かねばならない咄嗟のメモ書きは、ただでさえの乱筆が、不安定な状態での作業のために、より一層乱れに乱れて、もはやこれは字なのかと、それとも何か、水槽に餌用に入れた糸みみずを写生したものなのかと、わけのわからないシチュエーションを想定したくもなるほどに、まァ酷い字体で情けなくなる。とはいえ後で読み返したとき、判読できないとなれば、これはそもそもメモの意味がありませんからね。ロゼッタストーンヒエログリフや磨崖碑のカローシュティー文字よろしく、失われた古代文明の言語体系を突き止めるつもりで、風雨に曝されたかつての住居の廃墟のように崩れ切った筆跡を解読しようと努めたところで、何が正解で何が誤りかは、書いたはずの内容と照合することで明らかになり、しかし書いたはずの内容なんて覚えているはずもない、というよりそれを覚えないで済ますために、そもそもメモを取ったのだった。そしてそのメモが読めないのである。だからその中身を知るよしもなく、結局のところ何もわからない。これならやっぱり、糸みみずの写生のほうが大分ましかもわかりません。(つづく)